医師
糖尿病教室#2. 糖尿病の病態の続きを解説していくよ.
お急ぎの方は,最後のまとめをチェックしてね!
医学生
糖尿病教室#2. が気になる方はこちらからどーぞ!
糖尿病教室 #2. 病態〈発症,分類,インスリン抵抗性,糖毒性〉糖尿病を初めて学ぶ人に向けて,「わかりやすい」をテーマに解説しています.本記事を読めば糖尿病の発症,インスリン抵抗性,糖毒性などについて学べます....
医師
糖尿病が「尿」という言葉のマイナスのイメージから,病名変更が議論されている話は糖尿病教室#1. でしたね.
まさに糖尿病の名前の通り,血糖値が高いと尿糖が出るけど,どのくらいの血糖値から尿糖が出ると思う?
医学生
血糖値>160〜180 mg/dLで尿糖が出るんでしたよね.
医師
正解!では炭水化物(糖質)は大切なメインエネルギーなのに,なぜそれを体外に捨てる働きがあるのだろう.
医師
血糖値が180 mg/dLを超えると,血管がダメージを受けることが知られているよ.
医学生
尿糖が出て血糖値を下げようとするのは,体の防衛システムなんですね.
医師
血管の内側には痛覚を感じる神経がないため,血管がダメージを受けても痛くも痒くもないけれど,血糖値>180 mg/dLが長期間持続すると,血管の内側の小さな傷から動脈硬化が進行し,様々な合併症を生じるよ.
医学生
症状が無いまま合併症が進行していくのって怖いですね.
医師
それを知っておくことが大切だね.
今回は,糖尿病の合併症について見ていこう.
糖尿病の合併症;しめじとえのき
医師
糖尿病の合併症は「しめじ」と「えのき」で覚えよう.
医学生
「しめじ」は神経,眼,腎臓の頭文字,「えのき」は壊疽(足壊疽),脳卒中(脳出血,脳梗塞),虚血性心疾患の頭文字ですね.
医師
そうだね.「しめじ」と「えのき」の違いとしては
高血糖のみの場合には,細小血管障害;しめじ がでるよ.
高血糖+α(肥満,高血圧,脂質異常,喫煙・飲酒,ストレス)の場合には,細小血管障害に加えて大血管障害;えのき がでるよ.
医学生
しめじの方がキノコとして大きいのに細小血管障害で,えのきのほうがキノコとして小さいのに大血管障害なんですね笑
糖尿病三大合併症;しめじ
医師
今回は,糖尿病三大合併症と呼ばれる「しめじ」について説明するね.なぜ「しめじ」で記憶するかというと,この順で5年,10年,15年と合併症が起きるからだ.
医学生
「しめじ」で5年,10年,15年ですか.長いですね.
網膜症と腎症については,網膜や腎臓が細かい血管の集まりだから障害されやすいのはわかりますけど,神経障害についてもやはり細小血管障害なんですか?
医師
そうだね.神経は血管ではないけれど,必ず血管の隣を走行し,血管から栄養を受け取っている.その血管がだめになると,隣の神経にも悪影響がある.
また,グルコースはアルドース還元酵素によりソルビトールとなり,ソルビトールが神経に沈着することにより神経障害を生じるよ.
医学生
なるほど.糖尿病では細かい血管ほど障害されやすいから,神経障害もより細かい血管が集まる両手両足に生じるんですね(手袋靴下型).
医師
慢性的な高血糖が持続すると,手足が痺れたり感覚が鈍くなって,その後に眼が見えなくなって,最後は透析(週3回,1回4時間程度)になる.
失明や透析まで合併症が進行してしまうと,人生の質;QOL(Quality of Life)が大幅に低下してしまうよ.慢性的な高血糖は恐ろしいね.
それぞれの合併症について見ていこう.
神経障害;5年
医師
まずは,「しめじ」の「し;神経障害」について解説するよ.神経には感覚神経と運動神経,自律神経があり,血糖値>180 mg/dLが5年程度持続すると上図のように様々な症状をきたす.
医学生
あれ?神経障害のところに足壊疽って書いてありますね.足壊疽は「えのき」の「え;壊疽」ですよね?
医師
いい着眼点だね.僕の外来にも実際,釘が刺さっていることに気づかず足が腐ってしまったり,足の親指をウジ虫に食べられているのに気づかず,病院にやってきた時には親指の骨が見えていた人がいるよ.
医学生
急にホラー!!
…でも,神経障害が進行すると,足先の感覚がない(感覚障害)から痛くもないし気づかないってことですね.
医師
そのとおり.さすがに今のは極端な例だけど,例えば上図のように巻爪から感染して足が腫れたり,冬の時期だと湯たんぽによって低温やけどを起こして皮膚がずるむけになったり,様々なトラブルが起きうる.
また,白癬菌の感染により爪白濁・肥厚が生じることがあるよ.特に親指の爪が肥厚した場合,高齢者では転倒のリスクが2倍になると言われている.親指の爪が肥厚することで,踏ん張りが効かなくなるんだね.
医学生
足先は,普段の生活で意識しないところだから,疎かになりやすいですもんね.何か異常がないか定期的に確認することが重要ですね.
網膜症;10年
医師
次は,しめじの「め」だね.10年で進行し,失明に至るよ.
網膜は角膜,水晶体を通って入ってきた外界の様々な波長の光が像を結ぶ場所だよ.網膜に写った景色を脳で処理することにより人間は世界を見ることができる.
医学生
やっぱり網膜も細い血管の集まりだから,高血糖で障害されやすい場所なんですね.
医師
そうだね.網膜の微小血管が破れて出血が起きたり,フィブリンやリポ蛋白などの血管内物質が漏れ出て沈着したり,網膜内の神経が虚血に曝されたりするんだね.
さらに進行すると虚血になった網膜に血液を送ろうと脆い新生血管が急増築され,その新生血管が破れることでさらなる出血を引き起こすよ.
それでも網膜の細胞は補い合いながら景色の信号を脳に送る役割があるから,局所的な網膜の障害では症状は出ない.特に視力に関わる黄斑(網膜の中心)が障害を受けて初めて症状が出現するよ.そして網膜症は,網膜の中心(黄斑)ではなく,より血管の細い周辺部から起き始める.
医学生
黄斑が障害されにくいということは,視力低下の症状が出現するのはすごく後ということですね.
医師
そうだね.網膜周辺部の微小な凝血塊などが硝子体内を浮遊して黄斑部に重なったときだけ,飛蚊症(蚊が飛んで見える)や視界に斑点が見えるなどの症状がでるかもしれない.
しかし,基本的には大きな血管から出血があった時に初めて,「突然眼の前が真っ暗になる」という形で失明に至る.
医学生
また,症状が無くて突然失明するんですね.
気づけないからこそ,定期的な眼科受診が必要なんですね.
腎症;15年
医師
最後は,しめじの「じ」だね.15年で進行し,腎死に至るよ.腎症の話の前にまずは腎臓の働きについて説明するね.
腎臓は簡単に言えば人体の濾過フィルターの働きをしているよ.一つの腎臓には糸球体と呼ばれる小さなフィルターが約100万個存在する.全身の血液が糸球体を通る間に,体に有害な物質を尿として捨てたり,逆に体に必要なタンパク質などを再吸収し,再び体に戻す働きをしている.
医学生
腎臓は左右の2個だから,合計200万個の糸球体ですね.
医師
糸球体は小さな血管が集まった組織だから,高血糖により障害されやすい.
小さな濾過フィルターである糸球体が障害されると体に有害な物質を尿に捨てなかったり,逆に体に必要なタンパク質を捨ててしまうことで,倦怠感や浮腫が出現するよ.
医師
自分の腎臓が100点中今何点なのかは,血液検査にある「eGFR」という項目で確認してほしい.このeGFRは20歳の時で100点で,そこから1年に1ずつ点数が下がっていくと言われている.つまり,50歳の人なら70点が正常ということだね.
通常はeGFR 5〜10点で腎代替療法(腎移植,透析)だよ.
医学生
なるほど,このeGFRが低下しないか確認していく必要があるんですね.
あれ?でもよく見たらeGFRが急降下していませんか?
医師
そうだね.eGFRは今の腎臓の点数を見るのには適しているけど,糖尿病腎症の進行度合いを見るのには適していない.
医学生
eGFRが大丈夫だから安心するのは間違っているんですね.
一方で,アルブミン尿はeGFRが急降下する前から徐々にあがってきていますね.こちらは徐々に変化があるから腎症の進行度合いの指標になりそうです.
医師
糖尿病腎症の病期は下図のようになっている.特に大切なのは2期と3期だよ.
糖尿病腎症 病期
1期(アルブミン尿 30 mg/gCr未満);腎症なし
2期(アルブミン尿 30〜299 mg/gCr);早期腎症(可逆的)
3期(アルブミン尿 300 mg/gCr以上);顕性腎症(非可逆的)
4期(eGFR<30);アルブミン尿は関係なくなる
5期(透析)
医学生
腎症2期から3期に切り替わるアルブミン尿 300 mg/gCrからeGFRが急降下していますね
.
あと腎症2期ではアルブミン尿は良くなったり悪くなったりしますけど,3期になると急に増加しています.
医師
腎症2期ではアルブミン尿は可逆的で,血糖・血圧コントロールや減塩,運動療法などによりアルブミン尿を減らすことができるよ.
一方で,3期ではアルブミン尿は不可逆的で,「かつては」アルブミン尿 300 mg/gCrを超えると,どんなに頑張ってもあと5年で透析と言われていた.
医学生
取り返しがつく腎症2期での介入が重要ですね.
「かつては」ということは今はちょっと違うんですか?
医師
現在は,腎臓に保護的に働く降圧薬(ARB)や血糖降下薬(SGLT2i,GLP-1)が登場して,上図の点線のようにeGFRの低下を止めることが出来るようになってきたよ.
僕の外来でも透析ハイリスクの患者さん達には積極的にARB,SGLT2i,GLP-1を使用し,透析予防を行っているけれど,同じように腎保護作用のある薬剤を使用していても,eGFRの低下が止まらず透析になってしまう人と,eGFRの低下を止めることが出来る人に分かれるようになった.一体,この違いは何だと思う?
医師
実は減塩(塩分 6g/日未満)がきちんと出来ているかどうかなんだ.慢性腎臓病では塩分摂取過剰のみで腎機能が低下していくことが知られているよ(Soshiro Ogata, Kidney int. 2022;101(1):164-173).
医学生
どんなに最新の素晴らしい腎保護薬を使用していても,生活習慣が悪いと薬の効果も十分に得られないんですね.結局のところ,糖尿病の主治医は「自分自身」なんだと感じるお話です.
まとめ
糖尿病教室 #3. まとめ
血糖値>160〜180 mg/dLで尿糖出現
血糖値>180 mg/dL→血管にダメージ→動脈硬化→糖尿病合併症
糖尿病合併症は細小血管障害の「しめじ」と大血管障害の「えのき」
神経障害 5年,網膜症 10年,腎症 15年
神経障害 神経の血流障害とソルビトール沈着により出現.
予防的フットケアが重要.
網膜症 網膜の外側から始まり,進行すると黄斑部でも出現(視力障害).
定期的な眼科通院が必要.
腎症 1〜3期では,eGFRではなく,アルブミン尿により病期が決定.
ARB,SGLT2i,GLP-1に加え,減塩が必要.
参考文献)第8版 糖尿病専門医研修ガイドブック,第12版 朝倉内科学,
Radica Z, CJASN ePress. 2017,Soshiro Ogata, Kidney int. 2022;101(1):164-173