医師
基礎カーボカウントを習得したら,次は応用カーボカウントについて学んでいこう.
応用カーボカウントを習得すれば,糖質量や血糖値に応じて,自由自在に超速効型/「超」超速効型インスリンを調整できるようになるよ!
お急ぎの方は,最後のまとめをチェックしてね!
医学生
カーボカウント#2. が気になる方はこちらからどーぞ!
カーボカウント#2. 〈カーボ=糖質,基礎カーボカウント,責任インスリン法〉この記事では,カーボとはなにか,基礎カーボカウントにおける責任インスリンの考え方について「わかりやすい」をテーマに解説しています....
応用カーボカウントのメリットと条件
医師
基礎カーボカウントでは,糖尿病食の遵守と責任インスリン法による超速効型インスリン投与量の調整方法を学んだね.
血糖コントロールだけが目標なら,基礎カーボカウントさえ完璧に実践できれば問題ないよ.
医学生
えっ,じゃあ応用カーボカウントを学ぶメリットは・・・?
医師
基礎カーボカウントでは,一定の「血糖変動パターン」を作り出すために,糖質量を三食に均等に分散することが大切だったね.
でも,多様な日々の中で,毎食に均等な糖質量を用意するのって,なかなか大変だと思わない?
医学生
大変だと思います!私は朝が弱いので,食欲がわかなくて.朝からご飯150g食べろと言われてもキツイですし…
それに,好きなときに好きなものを食べるって,幸せの一つですよね.外食や旅行だってあるだろうし.
医師
応用カーボカウントを学べば,生活様式に合わせて自由に糖質を分散させることができるよ.
ただし「1日に摂取可能な糖質量には限りがある」ことは忘れないようにしよう.
医学生
超速効型インスリンさえ打てば,いくらでも糖質による血糖上昇を処理できますもんね.
だからといって「たくさん食べて,それに合わせてインスリンをたくさん打つ」ということをしていたら,「血糖値のよい肥満症」になりますね.
医師
肥満症は,心筋梗塞などの動脈硬化性疾患や突然死のリスクを上げるし,血糖値がよいまま太っていくようなら,何のために血糖コントロールをしているのか分からないね.
健常人も同様に,たくさん食べれば,膵β細胞からたくさんインスリンを分泌して,食べた糖質を処理して肥満になるよ.
医学生
1型糖尿病と健常人の間には,インスリンを手動で打っているか,自動で分泌しているか,の違いしかないんですね.
基礎カーボカウントを習得すれば,全員が応用カーボカウントへステップアップできますか?
医学生
1つめの「基礎カーボカウントの概念を熟知」では,1日に摂取可能な糖質量をこえて食べないことが大切でしたね.
あとの2つは,どういうことでしょう?
医師
1型糖尿病でも「緩徐進行1型糖尿病の初期」や「急性発症1型糖尿病のハネムーン期」では,まだ内因性インスリン分泌能が保持されているため,応用カーボカウントへステップアップできる条件を満たさないよ(理由は後述).
医師
ハネムーン期とは,主に急性発症1型糖尿病において,糖毒性や脂肪毒性などの影響で,本来の膵β細胞の破壊スピードよりも早く,一時的に内因性インスリン分泌能が低下し,ケトーシスやケトアシドーシスの状態となって病院を受診し,インスリン治療によるサルベージを受けることによって,本来の膵β細胞破壊スピードの下降曲線上までインスリン分泌が改善し,一時的にインスリン投与が不要になる時期のこと,だよ.
医学生
インスリン投与が一時的に不要になる「短くて幸せな時間」をハネムーン期というのは,なんだか言い得て妙ですね.
糖毒性については,糖尿病教室#2. で学びましたね!
糖尿病教室 #2. 病態〈発症,分類,インスリン抵抗性,糖毒性〉糖尿病を初めて学ぶ人に向けて,「わかりやすい」をテーマに解説しています.本記事を読めば糖尿病の発症,インスリン抵抗性,糖毒性などについて学べます....
医師
脂肪毒性について少し説明するね.
インスリン抵抗性などにより,グルコースを十分にエネルギーとして利用できない状況では,脂肪を分解してエネルギーを取り出す仕組みが人間にはあって,中性脂肪の分解により生じる遊離脂肪酸(Free fatty acid;FFA)が,膵β細胞の細胞死(アポトーシス)を誘導させることが知られている.
これを脂肪毒性というよ.
医師
糖毒性や脂肪毒性の詳しいメカニズムについては,また別の機会に解説するね!
ここではひとまず「高血糖→インスリン抵抗性→高FFA血症→インスリン分泌不全→高血糖」の負のループを「脂肪毒性」としておこう.
脂肪毒性とは?
インスリン抵抗性や長期絶食下に,グルコースのかわりとして脂肪からエネルギーを得る際,中性脂肪の分解で生じるFFAが膵β細胞のアポトーシスを誘導する.
高血糖→インスリン抵抗性→高FFA血症→インスリン分泌不全→高血糖
医師
緩徐進行1型糖尿病の場合は「インスリン依存状態に至るまで」,
急性発症1型糖尿病の場合は「ハネムーン期からインスリン依存状態に至るまで」の期間に,急いで応用カーボカウントの習得を目指すのはあまりおすすめしないよ.
また,応用カーボカウントへステップアップするために「持効型インスリンの補充量が適切である」必要性についても,学びながら理解していこう.
応用カーボカウント;糖質用インスリン
医師
応用カーボカウントには「糖質用インスリン」と「補正用インスリン」の2つの考え方があるよ.
医学生
まずは,「糖質用インスリン」から見ていきましょう!
糖質用インスリンとは,糖質を処理するには超速効型インスリンが必要という考え方ですね.ここまで学ぶと,糖質にはインスリンが必要なんて,今さらのような気もしますけど…
糖質インスリン比 1単位の超速効型インスリンで ○ gの糖質を処理できる?
医師
糖質には超速効型インスリンが必要,ということは繰り返し学んできたね.
でも具体的に「1単位の超速効型インスリンで何gの糖質を処理できるのか(;糖質インスリン比)」というところまでは分かっていなかった.
医学生
糖質インスリン比が求まれば,摂取する糖質量に対して,何単位の超速効型インスリンが必要なのか分かりますね!
医師
糖質インスリン比は,通常は5〜10 g/Uにおさまるけど,個人のインスリンの効きやすさ(感受性)により糖質を何g処理できるかは違っているよ.
医学生
1単位の超速効型インスリンで処理できる糖質量が多いほど,インスリン感受性が良いということですね.
医師
そうだね.かなり個人差のあるところだと思うから,これから解説する方法で「自分だけの糖質インスリン比」を見つけてほしい.
朝,昼,夕,季節(気温),骨格筋量,運動前後,月経前後で糖質インスリン比は異なるよ.様々な状況にそった糖質インスリン比を持っている方が,柔軟に血糖コントロールができる.
医学生
骨格筋量や日々の活動量は,生活様式や年齢などに影響を受けますね.
生活様式が変わったときや糖質の処理がうまくいかないときは,糖質インスリン比の見直しが必要なんですね.
医師
定期的に自分でチューニングしてあげることが大切だね.
初心者のうちは,朝,昼,夕でそれぞれ糖質インスリン比を求めることから始めよう.
医師
糖質インスリン比は「3STEP」で求まるよ.まずは1STEPとして,食前血糖値同士を比較して,血糖値が同じになったところを見つけよう.
医学生
血糖値が同じになるということは,糖質を超速効型インスリンがすべて処理したということですよね?
医師
そのとおり!基礎カーボカウントのところでは,これを「責任インスリンが適切」と表現していたね.
この時の血糖値の値自体は問わないよ.
医学生
そうでしたね!
血糖値が高くても「血糖値の差」が無いのなら,糖質量に合った超速効型インスリン投与でした.
医師
次に,2STEPとして,「血糖値の差」が無いところで何を食べたか,思い出して糖質量を計算・推定しよう.
食品交換表や糖質量ハンドブックなどの書籍,カロリーSlism(Webサイト)やあすけん(アプリ)など,様々な手法があるから,自分に合った方法を見つけてね.
医師
最後にSTEP3として,摂取した糖質量を皮下注した超速効型インスリン量で割ると,糖質インスリン比が算出できるよ.
医学生
最初のうちは,いちいち糖質量を調べて計算する必要があって大変だけど,よくよく考えたらそんなにたくさんのメニューを食べているわけではないですよね.
だんだんと「この食事メニューには○単位の超速効型インスリンでバッチリ」となりそうですね!
医師
そうだね.たとえうまく糖質を処理できなくても,自分の中に感覚や経験として積み重なっていくことが,糖質を処理する精度をみがいていくうえで大切だね.
また,素材に含まれる糖質量を覚えると,外食などで初めての料理が出てきたとしても,どれくらい糖質量が入っているか,感覚的に推定できるようになるよ.
医師
糖質インスリン比について学んだところで,なぜ内因性インスリン分泌能が保持されていると,応用カーボカウントを使えないか,考えてみよう.
医師
上図では,朝食前血糖値と昼食前血糖値が同じになっているから,摂取した糖質すべてを打った超速効型インスリンが処理したように思えるね.
実際には,糖質に対して超速効型インスリン量が不足しているにも関わらず,不足分を内因性の追加インスリンが補って血糖値を下げることで,朝食前と昼食前の血糖値が一定になっているね.
医学生
なるほど…「投与した超速効型インスリン」だけが糖質を処理しないと,糖質インスリン比を計算できないですもんね.
医師
また,なぜ持効型インスリン補充量が正しくないと,応用カーボカウントを使えないか,考えてみよう.
医師
上図では,朝食前血糖値と昼食前血糖値が同じになっているから,摂取した糖質すべてを打った超速効型インスリンが処理したように思えるね.
実際には,糖質に対して超速効型インスリンが過剰で,食後血糖値が朝食前血糖値より低下しているにも関わらず,持効型インスリン補充量が不足しているため,その後に血糖値が徐々に上がって,朝食前と昼食前の血糖値が一定になっているね.
医学生
なるほど…血糖値を下げすぎた超速効型インスリンのかわりに,不足している持効型インスリンが血糖値を上げているんですね.
「投与した超速効型インスリンだけが糖質を処理した」状況ではないから,糖質インスリン比を計算できないですね.
医師
逆に上図では,糖質に対して超速効型インスリンが不足して,食後血糖値が朝食前血糖値より高いにも関わらず,持効型インスリン補充量が過剰なため,その後に血糖値が徐々に下がって,朝食前と昼食前の血糖値が一定になっているね.
医学生
なるほど…血糖値を下げきれなかった超速効型インスリンのかわりに,過剰な持効型インスリンが血糖値を下げているんですね.
これも「投与した超速効型インスリンだけが糖質を処理した」状況ではないから,糖質インスリン比を計算できないですね.
医師
糖質インスリン比を計算できるのは,「投与した超速効型インスリンだけが糖質を処理した」ときだけなんだね!
「投与した超速効型インスリンだけが糖質を処理した」状況を作り出すためには,持効型インスリン補充量が適切である必要があるね.
応用カーボカウント;補正用インスリン
医師
補正用インスリンとは,血糖値を下げるには超速効型インスリンが必要という考え方だよ.
医学生
何も食べずに超速効型インスリンを打ったら,血糖値は下がりますもんね.
血糖値を上げるのにもインスリンが必要ですか?
医師
血糖値を上げるには,-X単位のインスリンが必要だ.
インスリン効果値 1単位の超速効型インスリンで血糖値 ○ mg/dL変わる?
医師
補正用インスリンでは,「1単位の超速効型インスリンで何mg/dL血糖値が下がるか(;インスリン効果値)」を求めることが大切だよ.
医学生
インスリン効果値が分かってしまえば,下げたい目標の血糖値まで,何単位の超速効型インスリンが必要なのか分かりますね!
医師
インスリン効果値は,通常は50-100 mg/dL/Uにおさまるけど,個人のインスリンの効きやすさ(感受性)により血糖値を何mg/dL下げられるかは違っているよ.
医学生
1単位の超速効型インスリンで下がる血糖値が多いほど,インスリン感受性が良いということですね.
医師
そうだね.かなり個人差のあるところだと思うから,これから解説する方法で「自分だけのインスリン効果値」を見つけてほしい.
朝,昼,夕,季節(気温),骨格筋量,運動前後,月経前後でインスリン効果値は異なるよ.様々な状況にそったインスリン効果値を持っている方が,柔軟に血糖コントロールができる.
初心者のうちは,まず一つのインスリン効果値を求めることから始めよう.
医師
インスリン効果値も「3STEP」で求まるよ.
まずは1STEPとして,食前血糖値が不意に高血糖になったところをみつけて,食事を抜こう.
医学生
上図では,昼食前血糖値 250 mg/dLという高血糖を見つけて,「インスリン効果値を求めるチャンス」と判断して,昼食を絶食にしていますね.
絶食中は持効型インスリンしか効いていない時間帯だから,持効型インスリン補充量が適切であれば,血糖値 250 mg/dLのまま一定のはずです.
医師
次にSTEP2として,「絶食中は血糖値が変化しない」という前提のもとで,1-2単位(任意)の超速効型インスリンを皮下注しよう.
医学生
なるほど!「投与した超速効型インスリンだけが血糖値を下げた」という状況を作り出すためには,やはり持効型インスリン補充量が適切である必要がありますね.
医師
最後にSTEP3として,超速効型インスリンの効果が完全に無くなった6時間後に,下がった血糖値の変化量を皮下注した超速効型インスリン量で割ると,インスリン効果値が算出できるよ.
医学生
上図では,2単位の超速効型インスリンで血糖値 250→120 mg/dLまで低下したため,血糖値の変化量は250-120で130 mg/dLですね.
つまり,(250-120)/2=75となり,インスリン効果値は75 mg/dL/Uですね.
医師
以上で,応用カーボカウントに必要な糖質インスリン比,インスリン効果値の求め方を説明したよ.
医学生
糖質インスリン比やインスリン効果値は,生涯使えるものではなく,年齢や生活様式の変化に合わせて定期的にチューニングしていくものでしたね.
血糖コントロールがうまくいかなくなったときには,見直しが必要ですね.
医師
ここまでお疲れさまでした.カーボカウントに必要な知識の解説が終了し,いよいよ次回がカーボカウント最終回だよ.
最後は,実際に糖質インスリン比やインスリン効果値を使用して,どのように考え超速効型インスリンの単位を決定していくのか,一緒に確認しよう!
まとめ
カーボカウント#3. まとめ
応用カーボカウントのメリット
1.糖質量を生活スタイルに合わせて柔軟に分散できる.
2.外食などのイレギュラーな食事に対応できるようになる.
3.自分で根拠を持ってインスリン投与量を決定できるようになる.
応用カーボカウントへSTEP UPできる条件
1.基礎カーボカウントの概念を熟知;糖質摂取量には限りがある.
2.内因性インスリン分泌が低下している.
3.インスリン基礎分泌の補充量が概ね正しい.
ハネムーン期とは
主に急性発症1型糖尿病において,糖毒性や脂肪毒性などの影響で,本来の膵β細胞の破壊スピードよりも早く,一時的に内因性インスリン分泌能が低下し,ケトーシスやケトアシドーシスの状態となって病院を受診し,インスリン治療によるサルベージを受けることによって,本来の膵β細胞破壊スピードの下降曲線上までインスリン分泌が改善し,一時的にインスリン投与が不要になる時期のこと.
脂肪毒性とは
脂肪毒性とは,インスリン抵抗性や長期絶食下に,グルコースのかわりとして脂肪からエネルギーを得る際,中性脂肪の分解で生じるFFAが膵β細胞のアポトーシスを誘導すること.「高血糖→インスリン抵抗性→高FFA血症→インスリン分泌不全→高血糖」の負のループ.
糖質インスリン比(g/U)の求め方3STEP
糖質インスリン比;1単位の超速効型インスリンで○ gの糖質を処理?
まずは,朝,昼,夕でそれぞれ一つ糖質インスリン比を求める.
1.食前血糖値を比較し,血糖値が同じ程度になったところを見つける.
2.何を食べたか,思い出して糖質量を計算する.
3.食べた糖質量(g)を打ったインスリン単位(U)で割る.
インスリン効果値(mg/dL/U)の求め方3STEP
インスリン効果値;1単位の超速効型インスリンで○ mg/dL血糖低下?
まずは,一つインスリン効果値を求める.
1.高血糖をみつけ,食事を抜く.
2.超速効型インスリンを1-2単位(任意の単位)皮下注する.
3.下がった⊿血糖値(mg/dL)を打ったインスリン単位(U)で割る.
糖質インスリン比やインスリン効果値は,個人のインスリンの感受性により左右される.また,朝,昼,夕,季節,骨格筋量,運動前後,月経前後で異なり,定期的なチューニングを必要とする.
参考文献;第8版 糖尿病専門医研修ガイドブック,はじめてのカーボカウント 4版