1型糖尿病

カーボカウント #1. 〈インスリンの基礎知識,持効型インスリンの調整方法,絶食試験〉

カーボカウントとは
医学生
医学生
先生,この前実習で1型糖尿病の患者さんにカーボカウントについて質問されて,ちゃんと答えられませんでした….
医師
医師
カーボカウントは,1型糖尿病など,インスリンを使用している糖尿病における「超速効型/「超」超速効型インスリン」の調整方法の一つだね.

今日はカーボカウントを学ぶために必要な前提知識について,一緒に勉強しよう.

お急ぎの方は,最後のまとめをチェックしてね!

医学生
医学生
1型糖尿病の総論についてはこちらからどーぞ!
1型糖尿病とは
1型糖尿病とは〈発症契機,分類,病態,抗GAD抗体〉この記事では,1型糖尿病の疫学,遺伝(HLA),発症契機,分類,病態,検査値などについて「わかりやすい」をテーマに概説しています....

ヒトインスリン

ヒトインスリン
医学生
医学生
あ,これ知ってます.ヒューマリンR®ですよね!病棟にあるのをよく見ます.
医師
医師
ヒューマンのインスリン,略してヒューマリンだね!ヒューマリンR®は世界で初めて精製されたヒトのインスリンだよ.このインスリンを「基本(基準)」とするという意味で「Regular」の「R」がついているよ.
医学生
医学生
え…速効型インスリンと分類されているから,てっきりRapidのRかと思ってました!
医師
医師
勘違いしやすいところだよね笑

ヒューマリンR®は「ヒトのインスリンそのもの」だからアレルギーが起きにくく,輸液内にも混注できるため,病棟では多く使用されているね.

一方で,皮下注すると6〜8時間程度インスリンとしての効果を発揮するため,炭水化物(糖質)の食後高血糖には対応できないというデメリットがあった.

三大栄養素が血糖値に与える影響
医学生
医学生
炭水化物(糖質)は3時間でほぼ100%が血糖値へと急激に変換されるんでしたね.

インスリンアナログ

超速効型インスリン

インスリンアナログ 超速効型インスリン
医師
医師
遺伝子組み換え技術により,ヒトインスリンのアミノ酸配列を変更することで,素早く短く効果を発揮する「超速効型インスリン」の開発に成功したよ.

有名なのはヒューマログ®(一般名 リスプロ)だね.リスプロは,ヒトインスリンのアミノ酸配列のLys(リジン),Pro(プロリン)が入れ替わったインスリンアナログだよ.

医学生
医学生
2つのアミノ酸配列が入れ替わるだけで効果の持続時間がこんなにも違うなんてすごいです!これなら炭水化物(糖質)の食後高血糖に対応できますね.

先生,インスリンアナログってなんですか?

医師
医師
アナログとは「類似物」という意味だよ.超速効型インスリンや,これから紹介する持効型インスリンは,遺伝子組み換え技術を用いてインスリンのアミノ酸配列を変化させているから,インスリンそのものではなく類似物という意味で「インスリンアナログ」と呼ばれている.
医学生
医学生
みんなまとめてインスリンって呼んでいるけど,純粋なヒトインスリンはヒューマリンR®(リリー社)だけなんですね.
医師
医師
ヒューマリンR®だけではなく,ノボリンR®(ノボ社)というバイアル製剤やペン式のタイプも発売されているよ.病院によって採用薬品は違うけど,本質的な中身は同じだね.

持効型インスリン

インスリンアナログ 持効型インスリン
医師
医師
また,ヒトインスリンを改良して,24時間血中濃度が一定となるように作られたインスリンアナログを「持効型インスリン」というよ.

アミノ酸配列の変化や,皮下で多量体を形成して徐々に溶解し血中に流れたり,血中でアルブミンに結合・徐々に血中に遊離したり,など企業によって様々な方法で24時間の血中濃度を実現しているよ.

インスリン基礎分泌と追加分泌

追加分泌と基礎分泌
医師
医師
上図は,健常人における生理的なインリン分泌を表した図だよ.黄色が追加分泌,青色が基礎分泌と呼ばれている.
生理的なインスリン分泌

追加分泌・・・食事による血糖上昇に伴って分泌されるインスリン

基礎分泌・・・食事とは無関係に分泌されるインスリン

医学生
医学生
そっか!超速効型インスリンや持効型インスリンの登場によって,健常人と同じように「追加分泌」や「基礎分泌」を模倣できるようになったんですね!
インスリンアナログ

アナログ=類似物.ヒトインスリンを遺伝子組み換え技術により改良.

超速効型インスリン  ・・・健常人の追加分泌を模倣

持効型インスリン      ・・・健常人の基礎分泌を模倣

医師
医師
カーボカウントは1型糖尿病など,インスリンを使用している糖尿病における「超速効型インスリン」の調整方法の一つだよ.

カーボカウントについて学ぶ前に必ず,基礎分泌を補充する役割をもつ「持効型インスリン」の調整を先に行わなければいけない(理由は後述).

ここからは基礎分泌についてもう少し詳しく見ていこう.

基礎分泌;食事とは無関係に分泌されるインスリン

健常人の絶食時の基礎分泌
医師
医師
上図は健常人が絶食になった時の血糖値の推移とインスリン基礎分泌を示しているよ.
医学生
医学生
食事とは無関係に絶食でも分泌されるインスリンを基礎分泌というんでしたね.

この基礎分泌があるおかげで,血糖値は一定ですね.

医師
医師
そうだね.基礎分泌は,インスリンが必要ない時間帯にはあまり分泌せず,逆に必要なときには多く分泌することで,血糖値を一定に保つ手助けとなっている.
医学生
医学生
上図では,0-3時頃までは基礎分泌が非常に少ないのに,3-4時頃から急に2倍程度に増えていますね.
医師
医師
3-4時頃に生体内で急激に分泌される成長ホルモン,コルチゾール(暁現象)の影響を受けて血糖値が上昇しようとするのを,基礎分泌を2倍程度に増やすことによって,血糖値を一定にしているんだね.
医学生
医学生
運動時には,血糖値が消費されて下がろうとするのを,基礎分泌を減らすことによって,血糖値を一定にしています.

血糖値を一定に調整するのは,インスリンだけですか?

グルカゴンの働き

医師
医師
絶食時にはグルコースの供給が途絶えるから,どうしても基礎分泌による調整だけでは,血糖値が低下して低血糖を引き起こしてしまう.

そうならないように,膵α細胞から「グルカゴン」というホルモンが分泌され,肝臓に貯蔵した肝グリコーゲンを再びグルコースに変えて血糖値を一定に保つ仕組みがあるよ.

グルカゴンの働き

医学生
医学生
私達が寝ている間も体の中では,血糖値を一定に保つために,インスリンが血糖値を下げて,グルカゴンが血糖値を上げて,微妙な調整をしているんですね.
医師
医師
インスリンとグルカゴンはそれぞれ逆の働きを持つホルモンだね.このような関係を拮抗ホルモンというよ.

グルカゴンはインスリンの,インスリンはグルカゴンの拮抗ホルモンだね.拮抗ホルモン同士は片方の分泌が亢進しているときには,もう片方の分泌は抑制されており,シーソーのような関係性となっている.

血糖値を上げたい時にインスリンがたくさん分泌されていたら変だもんね.

インスリンとグルカゴンは拮抗ホルモン
医学生
医学生
血糖値を一定にするために,インスリンとグルカゴンが協調し合いながら働いていることはわかりました.

特にインスリン基礎分泌は,状況に応じてダイナミックに変動し,血糖値の安定化に関わっていますね.でも先生,こんなにダイナミックに変動する基礎分泌を持効型インスリンで完璧に模倣することはできるのでしょうか?

基礎分泌を補う持効型インスリン
医師
医師
いい質問だね.基礎分泌の変動に比べて,持効型インスリンの血中濃度は常に一定のため,どんなに頑張って持効型インスリンの投与量を調整しても,上図のようになるよ.
1型糖尿病における絶食時の血糖推移と基礎分泌
医学生
医学生
つまり1型糖尿病では,持効型インスリンで基礎分泌を模倣するのに限界があって,時間帯によって血糖値が上下するということですね.

0-3時頃は持効型インスリン過剰による血糖低下があるし,3-4時頃からの「暁現象」時には持効型インスリン不足による血糖上昇があるし…

インスリンポンプについて

インスリンポンプによる基礎分泌

医師
医師
そうだね.本当に細かく基礎分泌を補う必要がある場合には,「インスリンポンプ」を用いて,時間帯によってインスリン注入速度を変更するという方法を取るよ.

インスリンポンプについては,また別の機会に解説するよ.メリット,デメリットを下に記載しておくから,興味があったら目を通すといいかもしれない.

インスリンポンプのメリット インスリンポンプのデメリット
医師
医師
話がそれたね.

次に,カーボカウントの前に必ず行うべき,持効型インスリンの調整方法について解説するよ.

カーボカウント前に必ず,持効型インスリンの調整

調整方法 1

持効型インスリン調整方法1
医師
医師
上図の青線で囲った赤丸を見てみよう.朝食前と昼食前,夕食前,寝る前の血糖値を示しているね.

これらの中で,「朝食前(空腹時)の血糖値」が「最も食事と無関係な血糖値」だということは,イメージつくかな?

医学生
医学生
昼食前血糖値は朝食の影響を受けるし,夕食前血糖値は昼食の影響,寝る前の血糖値は夕食の影響を受けますね.

でも,夕食を食べてから間食しなければ,次の朝まで絶食が続くし,朝食前(空腹時)の血糖値は一つ前の食事から最も遠い血糖値ですね.

そのため,朝食前(空腹時)の血糖値は,食事の影響をほとんど受けない,「最も食事と無関係な血糖値」と言えますね.

朝食前(空腹時)の血糖値=食事とは最も無関係な血糖値

 

昼食前血糖値;昼食と昼食前の超速効型インスリンの影響を受ける血糖値

夕食前血糖値;夕食と夕食前の超速効型インスリンの影響を受ける血糖値

眠前の血糖値;夕食と夕食前の超速効型インスリンの影響を受ける血糖値

基礎分泌を補う持効型インスリン追加分泌と基礎分泌
医師
医師
持効型インスリンは基礎分泌を補うためのインスリンだったね.そして,そもそも基礎分泌とは,食事とは無関係に分泌されるインスリンのことだった.

食事と無関係な朝食前(空腹時)の血糖値を確認しながら,食事とは無関係な基礎分泌を補う持効型インスリン量を決めるのは,自然な発想だね.

持効型インスリンの調整方法 1

食事と無関係な朝食前(空腹時)血糖値→持効型インスリン投与量を決定

医学生
医学生
食前血糖値の目標は100〜130 mg/dLでしたね.例えば,朝食前血糖値 180 mg/dLで続いていたとしたら,持効型インスリン投与単位の増量を考えるということですね.

単位を変えるときは,何単位ずつ変えたら良いですか?

医師
医師
基本的には2単位ずつ変更すればよい人が多いと思うけど,1型糖尿病ではインスリン感受性が高い(インスリンが効きやすい)場合も少なくないため,そういう場合には1単位ずつの変更で十分に血糖値が低下する可能性があるよ.
医学生
医学生
単位を一度変更したら,どのくらい待てば良いですか?
医師
医師
持効型インスリンは効果が24時間持続するものが多いため,一度単位を変更しても,増量した効果が安定するまで数日かかる場合がある.

一度単位を変更すると,最低2〜3日は効果を様子見する方が,結果的に本当に必要なインスリン量を見極めやすいよ.

医学生
医学生
持効型インスリンは効果安定まで時間がかかるんですね.

インスリン投与単位を変更してすぐに効果が出ないと,気持ち的には,またすぐに単位を変更したくなりますけど,「待ち」が正解の場合もあるんですね.「果報は寝て待て」ですね.

持効型インスリンの調整方法 1 まとめ

食事と無関係な朝食前(空腹時)血糖値→持効型インスリン投与量を決定

朝食前(空腹時)血糖値 100〜130 mg/dLを目標として

持効型インスリン 1〜2単位ずつ調整.

一度単位を変更したら,最低2〜3日は変えずに様子見.

医師
医師
ここまでが持効型インスリン調整の基本だよ.

残念だけど,これだけ知っていても不十分だ.もう一つ,持効型インスリンの調整方法を見てみよう.

調整方法 2

持効型インスリン調整方法2
医師
医師
上図を見てほしい.超速効型インスリンは投与から3〜4時間しか効果が持続しないから,19時に夕食を食べるとしたら,22時頃には超速効型インスリンの効果は切れているはずだ.

そこから翌日の朝食までは,持効型インスリンしか効いていない時間帯だね.

夜間に血糖値がどうなるか
医学生
医学生
持効型インスリンのみが効果を発揮している夜間帯に,血糖値がどう動くかによって,夜間の持効型インスリンの投与量を調整するということですね?
夜間に血糖値が安定
医師
医師
そうだね.持効型インスリンのみが効いている夜間に血糖値が変動しないということは,夜間の持効型インスリンが適切ということだね.
持効型インスリンの調整方法 2 まとめ

持効型インスリンのみが効果を発揮している夜間の血糖変動を確認

→夜間に血糖値が上昇・・・夜間の持効型インスリンが不足

→夜間に血糖値が不変・・・夜間の持効型インスリンが適切

→夜間に血糖値が低下・・・夜間の持効型インスリンが過剰

日中のほとんどでBasal不足
医師
医師
だけど,0〜3-4時まで血糖値が一定となるように,持効型インスリン量を調整した場合には,日中のほとんどの時間帯で持効型インスリン必要量が不足する可能性があるよ.

ここは個人差の問題で,夜間の血糖値が一定になるように持効型インスリン投与量を調整した場合に,日中の血糖値も都合よく一定になる人もいるよ.

医学生
医学生
夜間の血糖値が一定だからって,必ずしも持効型インスリン投与量が正しいとは限らないんですね.
医師
医師
特に0〜3-4時は,寝ているだけだから血糖値もそんなに上昇せず,インスリン必要量も少ないからね.

ダイナミックに変動する基礎分泌の一番低いところを目安に持効型インスリン投与量を調整しているようなものだね.

理想の基礎分泌補充
医師
医師
1型糖尿病における理想の基礎分泌補充は,個人差もあるけれど,上図のように持効型インスリンが不足している時間帯と過剰な時間帯が,なるべく均等に配置されていることだと僕は思う.
医学生
医学生
なるほど.

でも先生,日中の持効型インスリン投与量が適切かどうか,はどのように確かめるんですか?

絶食試験

絶食試験
医師
医師
絶食試験という方法があるよ.
医学生
医学生
上図では,昼食をぬく(絶食にする)ことで,超速効型インスリン投与を不要にして,持効型インスリンのみが効いている時間帯を作り出していますね.

この時間帯に血糖値がどう変動するかによって,12時から夕食までの持効型インスリンが適切かどうかわかりますね.

医師
医師
持効型インスリンの適切な補充量は,年齢や骨格筋量,生活スタイル,活動量,季節などによって変動していくもの.適切なタイミングで絶食試験を行って,持効型インスリンの補充量を調整していくことが大切だね.

僕は持効型インスリンが合っている場合でも,1〜2年に1回は絶食試験を行って補充量が適切か確かめるように,日々指導しているよ.

絶食試験

食事(朝,昼,夕のどれか)を絶食にし,超速効型インスリンを中止することで,持効型インスリンのみが作用している時間帯を作り出す方法

 

朝食を絶食+朝食直前の超速効型インスリンを打たない;朝から昼食まで持効型インスリンのみが効いている時間帯を作り出す

→朝から昼食までの持効型インスリン投与量を調整可能

昼食を絶食+昼食直前の超速効型インスリンを打たない;昼から夕食まで持効型インスリンのみが効いている時間帯を作り出す

→昼から夕食までの持効型インスリン投与量を調整可能

夕食を絶食+夕食直前の超速効型インスリンを打たない;夕から翌朝まで持効型インスリンのみが効いている時間帯を作り出す

→夕から翌朝までの持効型インスリン投与量を調整可能

医学生
医学生
持効型インスリンの投与量が決まったら,次はいよいよカーボカウントについてですね!
医師
医師
カーボカウントの前の前提知識について解説したよ.長かったけど,頑張って理解すれば一生使える知識になるよ.お疲れさまでした!

まとめ

カーボカウント#1. まとめ

追加分泌;食事による血糖上昇に伴って分泌されるインスリン

基礎分泌;食事とは無関係に分泌されるインスリン

超速効型インスリン;健常人の追加分泌を模倣

持効型インスリン;健常人の基礎分泌を模倣

カーボカウントの指導対象;インスリンを使用している糖尿病

カーボカウント;「超速効型インスリン」の調整方法

カーボカウントの習得前に必ず,持効型インスリンの調整が必要

持効型インスリン 調整方法 1

食事と無関係な朝食前(空腹時)血糖値→持効型インスリン投与量を決定

朝食前(空腹時)血糖値 100〜130 mg/dLを目標として

持効型インスリン 1〜2単位ずつ調整.

一度単位を変更したら,最低2〜3日は変えずに様子見.

 

持効型インスリン調整方法 2

持効型インスリンのみが効果を発揮している夜間の血糖変動を確認

→夜間に血糖値が上昇・・・夜間の持効型インスリンが不足

→夜間に血糖値が不変・・・夜間の持効型インスリンが適切

→夜間に血糖値が低下・・・夜間の持効型インスリンが過剰

 

絶食試験

食事(朝,昼,夕のどれか)を絶食にし,超速効型インスリンを中止することで,持効型インスリンのみが作用している時間帯を作り出す方法

朝食を絶食+朝食直前の超速効型インスリンを打たない;朝から昼食まで持効型インスリンのみが効いている時間帯を作り出す

→朝から昼食までの持効型インスリン投与量を調整可能

昼食を絶食+昼食直前の超速効型インスリンを打たない;昼から夕食まで持効型インスリンのみが効いている時間帯を作り出す

→昼から夕食までの持効型インスリン投与量を調整可能

夕食を絶食+夕食直前の超速効型インスリンを打たない;夕から翌朝まで持効型インスリンのみが効いている時間帯を作り出す

→夕から翌朝までの持効型インスリン投与量を調整可能

参考文献;第8版 糖尿病専門医研修ガイドブック,はじめてのカーボカウント 4版

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