医師
糖尿病の基本を解説していくよ.糖尿病をこれから初めて学ぶ方や,初めから丁寧に復習したい方にはぜひ読んでほしい内容になっているから,リラックスして見ていってね.
また,お急ぎの方は,最後のまとめをチェックしてね!
医師
まず,糖尿病は日本に約1000万人程度とされ,年々その有病率が増加している病気だよ.
医学生
1000万人ですか…「10人に1人が糖尿病」の時代がもうすぐ来るかも知れないですね.
医師
2022年現在,「糖尿病」の病名変更について議論されているところだよ.かつての痴呆症が認知症に,精神分裂病が統合失調症に変更されたように,「糖が尿にでる病気」というのは「尿」という言葉もあってか,人によってはマイナスのイメージに感じる場合もあるからね.
医学生
患者さんにとっては,そういうマイナスイメージが社会生活の中で負の烙印(スティグマ)になりかねないですもんね.それに,いまいち「糖尿病」という病名がその病態を表していないような気もして….
糖尿病;インスリン作用不全→慢性的な高血糖
医師
確かに,糖が尿に出るのは結果であって,病態の本質ではないね.
糖尿病とは,「インスリン」の作用不全により慢性的に「血糖値が高い」状態のことだよ.
医学生
先生,血糖値とかインスリンについて詳しく教えて下さい.
血糖値;血管内のグルコース濃度
医師
血糖値とは,血管の中のブドウ糖(グルコース)のことだよ.従来は,みぎ図のように血糖測定器を用いて指先を穿刺して,微量の血液から血糖値を測定するのが主流だった.
医師
そうだね.2017年頃からひだり図のように皮下にセンサーを装着して,専用リーダーやスマートフォンをかざしてスキャンするだけで血糖値(皮下に漏れ出るグルコースを血糖値に換算したもの)がわかるようになったよ.
医学生
毎回の血糖測定に痛みがないのは素敵ですね.ひだり図の測定方法では,スキャンしたときの血糖値だけじゃなくて,寝ている間の血糖値の推移も出ていますね.
医師
スキャンの後,一定期間センサーが血糖値を測定し続けていることで,点でしかわからなかった血糖値が線でわかるようになったよ.血糖値の「見える化」が圧倒的に進んだことで,これまでわからなかった夜間低血糖や食後高血糖を発見して,対処できるようになった.
医師
食前血糖値 100-130 mg/dLを目標にして,それが達成できたら食後2時間の血糖値 180 mg/dL未満を目標にするよ.
医学生
ということは,糖尿病ではない人の食前血糖値(70〜100 mg/dL)までさげる必要はないんですね?
医師
食事療法や運動療法のみで安全に血糖値をさげることができるのなら,糖尿病ではない人と同じくらいの血糖値を目指すのも良いと思う.でも,経口血糖降下薬やインスリンを併用しながら血糖値をさげる場合には,低血糖(血糖値<70 mg/dL)のリスクが増加するよ.
医学生
なるほど.では何を食べたら血糖値があがるんですか?
医学生
炭水化物(1g=4 kcaL.ご飯・パン・麺)
タンパク質(1g=4 kcaL.お肉・魚)
脂質(1g=9 kcaL.油)ですね.
医師
そのとおり.ビタミン,ミネラルと合わせて五大栄養素とも言われているね.三大栄養素はそれぞれ,うえ図のように血糖値のあがり方が全く違う.
極端なことを言うと,ご飯(炭水化物)を一欠片でも食べれば血糖値は上がるけど,サラダチキン(タンパク質)を食べたところであまり血糖値はあがらないし,油(脂質)を一気飲みしても血糖値はほとんどあがらない.
医学生
油を一気飲みする人はいないですけどね笑.
つまり脂質は,血糖値はあがらないけど,カロリーが高い(脂質 1g=9 kcaL)から・・・油ものだけを食べると,血糖値があがらないまま太るっていうことですね?
医師
極端に言えばそうだね.太るか痩せるかはカロリーによって決まるし,血糖値があがるかどうかは,炭水化物によって決まる.
逆に,炭水化物(糖質)制限さえすれば,血糖値があがらないからOKとする考え方についてはどう思う?
医師
炭水化物(糖質)制限については,議論のあるところだね.少なくとも言えることは,専門的な知識を持たずに炭水化物制限を行うことは健康を害する可能性があるよ.
また,人間の基礎代謝を間接熱量計で測定すると,安静時に消費するエネルギーの65%を炭水化物(糖質)から得ている.人間のメインエンジンは炭水化物(糖質)なんだね.
医学生
実際の糖尿病食も総カロリーの6割程度は炭水化物ですもんね.先生,糖尿病食について詳しく教えて下さい.
医師
糖尿病食は一言でいうと,健康食のことだよ.糖尿病食と名前がついているけど,糖尿病ではない人にも是非真似をして欲しい食事になっている.
医学生
糖尿病というと,食事制限のイメージがありますけど,糖尿病食は決して制限食ではないんですね.
糖尿病食=毎食の炭水化物量が同程度の健康食
医師
そのとおり.そして,糖尿病食の最大の特徴は,毎食の炭水化物量がほとんど同じになっていること.そうすることで,食後の血糖値の上昇が毎食同じになるよ.
ちなみに入院中の糖尿病食は,主食量が統一され,副食にはおよそ20gの炭水化物が含まれている.
医学生
血糖値の上昇が毎食同じになることで,高血糖をうまく分散させるだけでなく,生活の管理や薬の調整がしやすくなりますね.
でも,なかなか炭水化物量を一定にした食事を毎食用意するのって難しそうです.飽きそうだし….
医師
慣れない最初は,副食についてはある程度自由にして,主食である白米を毎食量って器に盛ることをオススメするよ.飽きに対しては食品交換表を是非活用してほしい.
医師
糖尿病食は1単位=80 kcaLを採用している.食品交換表を使えば,同じ表の中なら同じ単位数で交換できるよ.
医学生
つまり表1の中なら・・・
白米150g(3単位 240 kcaL)に飽きた時に,かわりに6枚切りの食パン1枚半90g(3単位 240 kcaL)とか,うどん1玉240g(3単位 240 kcaL)に交換できるってことですね.
医師
そうだね.特に表1は,主食となる炭水化物を扱った表だから重要だし,覚えておこう.
表2は果物,表3はタンパク質,表5は脂質だね.表のナンバーが異なると交換できないことも重要だ.
医学生
表を越えて交換できないのは,偏った栄養素の摂り過ぎを防ぐ役割がありますね.
医師
糖尿病の人もそうではない人も,当たり前だけど一日に摂取可能な炭水化物量には限りがあるからね.
次は,糖の流れについて見てみよう.
糖の流れ
医師
食べた糖は15分程度で小腸から吸収され始め,まずは肝臓に向かうよ.
医学生
意外と速く吸収されるんですね.
肝臓では何をしているんですか?
医師
肝臓の働きとして有名なのはアルコールの解毒だね.その他にも様々な働きがあるけど.
糖尿病と関係が深いものとして,糖を貯蔵しておいて少しずつ全身に配る働きがあるよ.
医学生
食べた糖の5割も肝臓に貯蔵できるんですね.
少しずつ全身に配るのは,スーパーで買ってきたものを冷蔵庫に入れておいて,ちょっとずつ食べるのと似てますね.
医師
食後に肝臓を通り抜け,全身の血管にめぐった糖を血糖値として測定しているんだね.
医学生
なるほど.そして夜間などの絶食時は,肝臓が貯蔵した糖をちょっとずつ配っているから,食べなくても血糖値がしばらく維持されるんですね.
肝臓を通り抜けた残り5割の糖はどうなるんですか?
医師
約2割が脳で,3割が全身の骨格筋で利用されるよ.脳は1日で約100g=400 kcaLもの糖を利用する.
医師
骨格筋も肝臓と同じように,糖を貯蔵しておく働きがある.肝臓と違うのは,お腹が空いたからって骨格筋から自由に糖を取り出すことはできないってところだね.
医学生
骨格筋に貯蔵した糖は運動にしか利用できないんですね.
インスリン;血糖値を細胞内に移動させるホルモン
医師
血糖値の次はインスリンだね.
インスリンは膵臓の膵β細胞から分泌され,血糖値をさげる働きをもつ唯一のホルモンだ.膵臓のしっぽ(尾部)に膵β細胞は多く分布しているよ.
医師
Cペプチドだね.インスリンが分泌されるときに,インスリンと同じ割合だけ分泌されるのがCペプチドだよ.
医学生
インスリンのカケラみたいなものですね.どんな意味があるんですか?
医師
Cペプチドは自分の膵臓から分泌されるインスリンの量(内因性インスリン分泌)を反映しているよ.
なぜ内因性インスリン分泌を評価するときに,血液中のインスリンそのものを測定しないか分かる?
医学生
そっか!血中のインスリンを測定してしまうと,インスリンを自己注射している人にとっては,注射したインスリンを測っているのか,自分の膵臓から分泌されるインスリンを測っているのか,わからなくなりますもんね.
医師
そうだね.24時間尿をためる検査で,尿に漏れ出るCペプチドを測定する(蓄尿Cペプチド)と,1日を通してどのくらい膵臓からインスリンが分泌しているか評価できるよ.
蓄尿Cペプチド < 20 μg/日をインスリン依存状態といい,ほとんどの場合インスリン治療が必要となる.
医学生
今の膵β細胞の力を確認できたり,治療方針を決定したりする大切な検査なんですね.
医師
インスリンは血糖値をさげるホルモンと説明したけれど,実際には,「血管の中の糖」を「細胞の中」に移動させるホルモンだ.食べた糖がどこかに消えてしまうわけではないよ.
医学生
食べた糖が魔法のように消えてくれたらいいのに笑
インスリンは細胞の扉を開ける「カギ」のようなホルモンなんですね.結果として血管の中の糖は少なくなっていますね.逆に細胞の中の糖は多くなっています.これを「血糖値をさげる」と表現するんですね.
インスリンがないと細胞は栄養(糖)を取り込むことができないんですか?
糖とインスリンの流れ
医師
肝臓や脳などの例外を除いて,ほとんどの細胞は糖を栄養として取り込むのにインスリンが必要だよ.
医師
糖は腸から門脈という血管を通って,肝臓へ向かうよ.途中で脾静脈からインスリンが合流し,糖とインスリンは同時に肝臓に流れ込む.
肝臓では,大部分は濃度勾配に従って移動し,一部はインスリン作用により,糖が肝細胞内に移動する.
肝臓を通り抜けた糖(血糖値)は,脳では濃度勾配により,全身の骨格筋ではインスリン作用により,細胞内に移動する.
医学生
難しい….えっと,細胞に糖を取り込むには,肝臓では一部だけインスリンが必要,脳はインスリンが不要,全身の骨格筋はインスリンが必要ってことですね.
医師
炭水化物(糖質)をたくさん食べると,膵β細胞からインスリンが過剰に分泌され,たくさんの糖を細胞の中に移動させる.
細胞の中で使いきれず余った糖は脂肪に変換されるよ.これが「体脂肪が増える(太る)」ということだね.
医学生
食べすぎは肥満の原因だし,膵臓にとってはインスリンの無駄遣いなんですね.
医師
そうだね.膵β細胞にも限界があって,食べすぎ(使いすぎ)は膵β細胞の寿命を短くするよ.
また,インスリンには細胞増殖作用があり,インスリンの過剰分泌は悪性腫瘍のリスクにもなるよ.
まとめ
糖尿病教室 #1. まとめ
糖尿病とはインスリンの作用不全により慢性的に血糖値が高い状態.
血糖値:血管の中の糖(グルコース)
目標血糖値:食前 100〜130 mg/dL,食後2時間 < 180 mg/dL
炭水化物(糖質):食後3時間で95%が血糖値に変換.
糖尿病食=健康食(毎食の炭水化物量がほぼ同じ)≠制限食
食品交換表:同じ単位(1単位=80kcaL)なら同じ表内で交換可能.
インスリン:膵β細胞から分泌され,血糖値を細胞内に移動させる.
Cペプチド:内因性インスリン分泌能の指標
肝臓や骨格筋は糖の貯蔵庫として働く.
→肝臓では絶食時に糖を再分配,骨格筋では運動のみに糖を利用可能.
炭水化物(糖質)の過剰摂取によるインスリン過剰分泌
→膵β細胞の疲弊,→脂肪合成Up,→細胞増殖Up〜悪性腫瘍のリスク
参考文献)第8版 糖尿病専門医研修ガイドブック,第12版 朝倉内科学.